テストラン
Excelによる会計システム作りは一応終わったが、他人が使うことを想定しているのでデバッグのためのテストランをまだ時々行っている。すると相当チェックしたつもりだが、ちょっとした不具合が発見され、ちょこちょこ手直ししている。
テストラン用のデータ作成にExcelの乱数を発生させる関数を利用している。具体的に言うと指定された範囲内の整数の乱数を発生させるRANDBETWEEN関数を使ってテストデータ(日付、科目コード、金額)を作成し、集計表に貼り付ける形でテストランを行っている。
1000件のデータを処理できるように設計したが、手動でデータを入力する気力はないので考えた方法だ。テストランを実施することで気が付かなかった不具合や改善のヒントが得られる。例えば、データのコード入力誤りを自動チェックしたり、出納帳の残高と集計シートで集計した結果を突合するしくみを考えた。また、集計内容を確認するためのチェックシートも途中で追加した。
こうした作業をしながらExcelのシートで作る簡単なシステムでも他人が使うことを前提にした汎用システムを作ろうとすると結構大変で根気のいる仕事だということを改めて実感した。まして会計システムだからシステムの信頼性も疎かにできないし、継続して使うことになるので不具合を一過性の対処で取り繕うわけにもいかない。
世の中楽な商売はない
IT関連の企業でシステム作りに携わる人々は、大変だなと思う。世の中、そうそう楽な仕事は存在しないのだろう。強いて言えば、うそつきや鉄面皮の人なら国会議員にでもなれば、楽をして多額の報酬を受けることができるかもしれない。関門は選挙だけだ。もし、親の地盤を引き継ぐことができる人なら大抵のことは地元の支援者が許してくれる。結果責任も問われることがない。どんな方法でも選挙に勝てば免罪だ。
コンピューターの技術者は、物書きに似ているように思う。私も若い頃、会社の刊行物を作る部署に短期間だが、席を置いていたことがある。そこで上がってきた他人の原稿を校正したり、自分で文章を書くことがとても苦痛だったことを覚えている。
印刷屋さんへ渡す原稿の締め切りが近づいても筆が進まず、ビジネスホテルに泊まり込んで悶々として夜を明かしたことがある。物書きでもないサラリーマンにとってはつらい仕事だった。IT業界で働く人々の多くは日々納期に追われ、精神的に追い込まれている人も中にはいるのだろうか。
今回の会計システムのデバッグでもやってもやっても修正したい箇所が出てくる。不具合でなくても気に入らない部分を修正したり、新しく思いついた改善点を取り入れていくと終わりがないように思う。とりわけ、ユーザーインターフェースの部分にこだわり過ぎると無限地獄に陥る可能性がある。
そして、一部の修正がシート全体に影響するだけでなく、他のそれまでに作ったシートやマニュアルの修正へと拡がっていく。だから、修正したら、改めてテストランによるデバッグが欠かせない。最初に決めた仕様を変えずにシステムを作り上げる困難さというものを感じる。企業の場合だったら仕様を変更すれば、すぐに人件費等のコストにはね返る。
物書きは、基本的に個人事業者だろうから厳密なコスト計算をしていないように思う。だから、プロ意識の高い人々は自分が納得するまで完成度を高めようとすることだろう。そして、それが後世に残るような作品になる場合もあるだろう。
しかし、企業やサラリーマンの仕事は、納得いくまでシステムの完成度を高める作業を続けることは難しい。もし、できるとしたら別に安定した収益基盤があって、長期投資として取り組んでいる場合だけだろう。しかし、一方で現在の日本企業が直面している問題は、目先のコスト削減と安易な規模の拡大の結果でもあると思う。安定した収益基盤を確保しながら将来の核になる技術や事業に地道に取り組んでいる企業がどれだけあるだろうか。結局、永く生き残っている企業は地道な努力を続けている地味な企業だけのように思う。地味で何が悪いと私は思っている。
Excelで実際にシステムを作ることが大切
今回のExcelを使ったシステム作りを通して得た経験により私は自分の頭の中でどんなものをExcelで作成できるかというイメージを掴むことができた。だから企業もExcelを使いこなすための研修などではなく、Excelの研修は使い方の簡単な講習に止め、自分が所属するセクションで実際に使える汎用システムの作成を社員に課題として与えてはどうだろうか。使わない資格やスキルは何の役にも立たない。
実務に即したシステムを作成することで業務に対する知識も深まり、作ったシステムが業務の効率化に実際に役立てば、作成した担当者の仕事に対する意欲も高まり、さらには成果が出ていれば人事考課で加点することにもつながるのではないだろうか。
ホリエモンみたいに地味で地道な努力を否定する、お金がすべてのような思想の持ち主や企業は、永い目で見れば泡沫のように消えていくことになると思う。即戦力より人を育てることを思い出してほしい。
私は小泉元首相については、基本的には支持していたが、残念ながら後継者づくりという面では評価できない。安倍首相は小泉元首相の後継者だったはずだ。小泉元首相が引退した当時は、経済も安定し、このまま行けばプライマリーバランスの改善も進むかもしれないと私は思っていた。
しかし、リーマンショックはあったにしても、ちゃんとした後継者が育っていればもう少しましな財政運営が行われていたように思う。安倍首相は、結局、民主党の失政を糧に小泉元首相の手法だけを模倣して憲法改正に突き進んでいるように思える。小泉チルドレンも結局、泡沫議員に過ぎなかった。進次郎氏もどうやら期待外れのようだ。
小泉元首相の手法をだけを真似たのは安倍首相と橋下元市長だったように思う。郵政民営化が憲法改正と大坂都構想に置き換わっただけのように私には見える。小泉元首相は真摯で謙虚だった。後者の二人は、そうした資質がまったく欠如しているように私は感じている。二人の取り巻きは打算だけで集まった人たちばかりではないだろうか。
と脱線したが…。結局、政治が変わらないのは人任せの国民が多いといことだろうか。
おしまい
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