去年、「脳を鍛えるには運動しかない!~最新科学でわかった脳細胞の増やし方」という本を長い時間かけて読んだ。読むのに時間がかかったのは本書が本文だけで335頁という長文だったということもあるが、翻訳は平易で読みやすいにもかかわらず、医学の用語や略語が素人の私の思考をたびたび停止させてしまうために一気に読破することを困難にした。そのため、ちびりちびり杯を重ねるようにして読んでいた。寝床に持ち込んで数ページを読んでは眠りにつくという作業だった。
著者が伝えたいことは運動が脳にいい影響をもたらすという知見だ。精神疾患や依存症の最近の臨床データを使ってそのことを読者に伝えようとしている。
序文の最初の件に次のように書かれている。長い文章に耐えられない人にはこの一文だけで著者の意図が分かるように思う。正直、長い時間かけて読んだので本の詳細は覚えていない。だから内容を正確に他人に伝えることは私にはできない。しかも、専門用語については意味が理解できないものもあったので本書の書評を書くことは到底できない。だから、序文を引用することにした。
「運動すると気分がすっきりすることはだれでも知っている。けれども、なぜそうなるのかわかっている人はほとんどいない。ストレスが解消されるから、筋肉の緊張がやわらぐから、あるいは、脳内物質のエンドルフィンが増えるから-たいていの人はそんなふうに考えている。でも本当は、運動で爽快な気分になるのは、心臓から血液がさかんに送り出され、脳がベストな状態になるからなのだ。わたしに言わせれば、運動が脳にもたらすそのような効果は、体への効果よりはるかに重要で、魅力的だ。筋力や心肺機能を高めることは、むしろ運動の副次的効果にすぎない。わたしはよく患者に、運動するのは、脳を育ててよい状態に保つためだと話している。」
この一文を読むだけでもこの本を読む価値があるように思う。以下に本の目次を羅列してみた。例えば、不安やうつに悩んでいる人はその章を読むことで問題の解決に運動が役立つかもしれないという希望を持てるかもしれない。
第一章 革命にようこそ-運動と脳に関するケーススタディ
第二章 学習-脳細胞を育てよう
第三章 ストレス-最大の障害
第四章 不安-パニックを避ける
第五章 うつ-気分をよくする
第六章 注意欠陥障害-注意散漫から脱け出す
第七章 依存症-セルフコントロールのしくみを再生する
第八章 ホルモンの変化-女性の脳に及ぼす影響
第九章 加齢―賢く老いる
第十章 鍛錬-脳を作る
第十章の鍛錬には次のように書かれている。
「ここまで有酸素運動が脳に及ぼす影響についてさんざん訴えてきたが、それは、走るときに脳で何が起きるかがわかっていれば、きっとあなたも本気になって、毎日スニーカーのひもを結ぶだろうと期待するからだ。水泳でも、自転車でも、楽しく汗を流せることならなんでもよい。とにかくなにか体を動かすことに夢中になって欲しい。わたしが強調したかったこと-運動は脳の機能を最善にする唯一にして最強の手段だということ-は、何百という研究論文に基づいており、その論文の大半はこの10年以内(注:原書の初版は2008年1月)に発表されたものだ。脳のはたらきについての理解は、その比較的短い期間にすっかりくつがえされた。この10年は、人間の特性に興味をもつ人すべてにとって、心沸きたつような時代だった。わたし自身、本書のための調査を通じて、運動の効果にますます驚かされ、直観的な洞察は科学に裏打ちされた真実へと変わっていった。」
わたしたち人類は走るべく生まれついている
「もちろん今日では、生きるために採集や狩りをする必要はない。しかし、わたしたちの遺伝子には狩猟採集の行動様式がしっかり組み込まれていて、脳がそれをつかさどるようになっている。従って、その活動を止めてしまうと、10万年以上にわたって調整されてきたデリケートな生物学的バランスを壊すことになる。簡単に言ってしまえば、体と脳をベストな状態に保ちたいなら、この歴史の長い代謝システムをせっせと使うべきなのだ。DNAに刻み込まれた古代の活動は、おおまかにウォーキング、ジョギング、ランニング、全力疾走に置き換えることができる。そして、この祖先の日常の活動を真似しなさい、というのがわたしに言える最善のアドバイスだ。つまり、毎日、歩くかゆっくり走るかし、週に二、三回は走り、ときどきは全力疾走で獲物を追うのだ。…わたしがウォーキング、すなわち低強度の運動と呼ぶのは、具体的には最大心拍数の五五から六五パーセントの運動を指す。中強度の運動は六五から七五パーセント、高強度は七五から九〇パーセントとなる。高強度の上限での運動は、時として苦しいものだが、効果は絶大で、近年、科学者の関心を集めている。…わたしが見たり読んだりしてきたことから判断すると、週に六日、なんらかの有酸素運動を四十五分から一時間するというのが理想だろう。そのうち四日は中強度で長めにやり、あとの二日は高強度で短めにする。体を強制的に無酸素代謝の状態にする高強度の運動が、思考や気分に影響するかどうかははっきりしないが、高強度の運動をすると、脳を作る重要な成長因子のいくつかが体から分泌されるのは確かだ。短時間で高強度の運動をするには筋力トレーニングを含んだ方がいいだろう。しかし、二日つづけて高強度の運動をやってはいけない。体と脳が成長するには、回復のための時間が必要になるからだ。わたしが提案するのは、週のうち六時間を脳のために費やすことだ。起きている時間のせいぜい五パーセントだ。」
👉【調査報告】最大心拍数を年齢から求める計算式について。「220-年齢」の根拠はあるのか。
非有酸素運動について
「本書では非有酸素運動についてあまり触れてこなかったが、正直言ってそれは、学習、気分、不安、注意力、その他わたしが扱ってきた事柄に非有酸素運動がどのような影響を及ぼすかについて、研究がほとんどなされていないからだ。ラットに重量挙げやヨガをさせるわけにはいかないので、非有酸素運動や高度で複雑な運動の効果については人間で調べるほかなく、それはすなわち、実験後、脳の生体組織検査ができないということを意味する。影響を判断する材料となるのは血液サンプルや行動テストなどに限られ、その解釈には幅が残る。つまり、こうした運動に関する結果は有酸素運動のそれのように確かなものではないのだ。…高齢者を対象とした最近の研究では、週二日ダンベルでのトレーニングを六か月つづけると、老人たちは壮健になり、遺伝子レベルで老化を逆行させられることがわかった。…」
本書には運動の方法についてもっと具体的に書かれているが、興味を持たれた方は一読してはどうだろうか。しかし、読破しようとするとこの領域に素人の人は忍耐が必要になるかもしれない。わたしと同じ素人なら自分が必要だと思う部分だけでも読むことに価値はあると思う。運動がうつや脳の健康に役立つかもしれないと感じさせてくれるだけで希望になるはずだ。
また、既に運動を継続的に行っている人には迷ったときの指針を与えてくれるように思う。
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